応急処置の常識は、
ここまで進化してきた
足首を捻った。筋肉を痛めた。
そのとき「とりあえず冷やして安静に」と思っていませんか?
実はその対応、最新のスポーツ医学では推奨されていません。
ケガの応急処置は、時代とともに大きく変化してきました。1970年代から使われてきた「RICE(ライス)」は、安静と冷却が基本でした。2000年代に入ると「POLICE」へと進化し、「安静」から「最適な負荷」という概念が加わりました。
そして2020年、Dubois & Esculierの2名の研究者が「PEACE & LOVE」を提唱しました[1]。これは英国スポーツ医学雑誌(British Journal of Sports Medicine)に掲載された論文で示された、急性期から回復期までを一貫してカバーする最新のフレームワークです。
PEACE — ケガ直後の対応
(急性期:直後〜数日間)
ケガをした直後にまず行うべきことを、5つの頭文字でまとめたのがPEACEです。ポイントは「安静にしすぎない」「むやみに炎症を止めない」という、従来とは真逆の発想です。
保護(Protection)
痛みが増す動作や活動を一時的に制限します。ただし、これは完全な安静(Rest)ではありません。出血や損傷の拡大を防ぐための「必要最小限の保護」です。痛みの信号を指標に、できる範囲で動かし始めます。
挙上(Elevation)
患部を心臓より高い位置に保ちます。重力を利用して組織間液の排出を促し、腫れを軽減します。エビデンスの強さは限定的ですが、リスクが低くコストもかからないため推奨されます。
抗炎症薬を避ける(Avoid anti-inflammatory)
これがPEACE & LOVEの最大の特徴です。炎症は「悪いもの」ではなく、組織を修復するために体が起こしている自然な反応です。痛み止め(NSAIDs)やアイシングで炎症を抑えすぎると、修復プロセスを妨げる可能性があります[2,3]。特に過度なアイシングは血管新生や組織再生を阻害するという研究結果が出ています[2]。
圧迫(Compression)
テーピングや弾性包帯による外圧で、関節内の浮腫や組織の出血を制限します。腫れの拡大を防ぎつつ、組織への血流は維持することがポイントです。
教育(Education)
患者自身が回復プロセスを理解し、過度な治療に頼らず能動的に回復に取り組むことが重要です[1]。電気治療・マッサージ・鍼治療などの受動的な処置は、急性期直後の疼痛・機能改善には限定的な効果しかないとされています。「身体には治る力がある」ことを理解し、現実的な回復タイムラインを持つことが大切です。
「アイシング完全否定」と断定するのは正確ではありません。PEACE & LOVEの提唱者は、アイシングの鎮痛効果を認めつつも、長時間の使用が組織修復を妨げる可能性を指摘しています[1]。2025年のナラティブレビューでも、この点については医師間でコンセンサスに至っていないと報告されています[8]。「とりあえず20分冷やす」という習慣を見直すべき、というのが現時点でのメッセージです。
LOVE — 回復期のアプローチ
(亜急性期〜復帰まで)
急性期を過ぎたら、次は回復力を最大化するフェーズです。ここが従来のRICEでは完全に欠けていた部分です。LOVEは「身体」だけでなく「心理面」も含む包括的なアプローチです。
最適な負荷(Load)
安静にしすぎず、痛みの範囲内で段階的に負荷をかけていくことが重要です。適切な力学的負荷は、筋肉・腱・靭帯の修復と再構築を促進します。研究では、早期の制御された運動が安静固定より優れた回復結果をもたらすことが示されています[5]。
楽観的思考(Optimism)
ケガからの回復は身体だけの問題ではありません。心理的な楽観性が回復結果に直接影響することが、複数の縦断研究で実証されています[6,7]。不安・恐怖・カタストロフィー思考(最悪の事態ばかり考える)は回復を遅らせます。「治る」というポジティブな見通しを持つことが重要です。
血流改善(Vascularisation)
痛みのない範囲で有酸素運動を行い、患部への血流を増加させます。血流の増加は酸素と栄養を運び、組織の修復を促進します。ウォーキング、軽いサイクリング、水中運動などが推奨されます。
運動(Exercise)
段階的な運動療法で、可動域・筋力・バランス感覚(固有受容感覚)を回復させます。これがケガからの復帰だけでなく、再発予防にもつながります。「治ってから動く」ではなく「動かしながら治す」が現代の考え方です。
RICE と PEACE & LOVE
何が決定的に違うのか
| テーマ | RICE(従来) | PEACE & LOVE(最新) |
|---|---|---|
| 基本姿勢 | とにかく安静にする | 保護しながら適切に動かす |
| 炎症への考え方 | 炎症=悪いもの → 抑える | 炎症=回復に必要なプロセス |
| アイシング | 20分×数回を推奨 | 過度な使用は修復を妨げる可能性 |
| 対象範囲 | 急性期のみ | 急性期〜回復期を一貫カバー |
| 心理面 | 考慮なし | 楽観性・教育を重視 |
| ゴール | 「治す」こと | 「治す」+「再発しない身体をつくる」 |
長期間の安静は、関節の硬化・筋力低下・バランス能力の崩壊・再発リスクの上昇を引き起こします。研究では、安静よりも早期の制御された運動の方が、軟部組織損傷の治療として優れていることが示されています[5]。「整えてから、適切に動かす」。これが現代の最適なアプローチです。
エビデンス詳細
専門家・トレーナーの方向け
① 原著論文:PEACE & LOVE の提唱
従来のICE→RICE→PRICE→POLICEの流れを踏まえ、これらが急性期のみに焦点を当て、亜急性期以降の組織回復を無視している問題を指摘。PEACE(急性期管理)とLOVE(その後の管理)でリハビリテーションの連続体をカバーする新アプローチを提唱。
「ケガを持つ人(person with injury)を治療すべきであり、人のケガ(injury of the person)だけを治療すべきではない」と述べ、心理社会的要因の重要性を強調。
② A(Avoid anti-inflammatory)の根拠
アイシング:Singh et al. (2017, Frontiers in Physiology) は、冷却が炎症・血管新生・再血管化を阻害し、骨格筋の筋繊維再生を妨げる可能性を示した。
NSAIDs:Duchesne et al. (2017, Physical Therapy) は、抗炎症モダリティが骨格筋の回復プロセスに干渉する可能性を報告。炎症反応の各フェーズ(特にマクロファージの活動)は組織修復に不可欠。
ただし議論は継続中:Fousekis & Tsepis (2021) は軽度損傷にはPEACEが適切だが中等度〜重度にはCARE(cryotherapy含む)が必要と提案。2025年のRCTではPRICE+NSAIDs群とPEACE & LOVE群で統計的有意差なし。
③ L(Load)の根拠:早期運動の優位性
急性筋骨格系軟部組織損傷に対して早期の制御された運動が安静固定よりも優れた結果をもたらすことが、実験的・臨床的研究の両方で実証されている。痛みをガイドとした段階的な負荷増加が現時点での最善の指針。
④ O(Optimism)の根拠:心理要因と回復
81名のACL術後アスリートを対象とした前向き縦断研究で、術前の楽観性が12ヶ月後の膝機能に間接的有意効果を持つことが示された。楽観性→自己効力感→リハビリアドヒアランスという経路で機能回復に影響。再受傷への恐怖が復帰の最大の障壁とされている。
参考文献一覧
- Dubois B, Esculier J-F. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. Br J Sports Med. 2020;54(2):72–73. doi:10.1136/bjsports-2019-101253
- Singh DP, Barani Lonbani Z, Woodruff MA, et al. Effects of topical icing on inflammation, angiogenesis, revascularization, and myofiber regeneration in skeletal muscle following contusion injury. Front Physiol. 2017;8:93.
- Duchesne E, Dufresne SS, Dumont NA. Impact of inflammation and anti-inflammatory modalities on skeletal muscle healing. Physical Therapy. 2017;97(8):807–817.
- Fousekis K, Tsepis E. Minor Soft Tissue Injuries may need PEACE in the Acute Phase, but Moderate and Severe Injuries Require CARE. J Sports Sci Med. 2021;20(4):799. PMC8488841
- Nash CE, Mickan SM, Del Mar CB, Glasziou PP. Resting injured limbs delays recovery: a systematic review. J Fam Pract. 2004;53(9):706–712.
- Everhart JS, Best TM, Flanigan DC. Psychological predictors of anterior cruciate ligament reconstruction outcomes: a systematic review. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2015;23:752–762.
- Christino MA, Fleming BC, Machan JT, Shalvoy RM. The Role of Optimism and Psychosocial Factors in Athletes Recovery From ACL Injury. Front Sports Act Living. 2020;2:116. PMC7739731
- PEACE and LOVE the new era of RICE in acute soft tissue injury management? A narrative review. PMC. 2025. PMC12489226
- PRICE vs. PEACE and LOVE in adolescent lateral ankle sprain rehabilitation: a randomized prospective comparative study. PMC. 2025. PMC13107599
- van den Bekerom MP, Struijs PA, Blankevoort L, et al. What is the evidence for rest, ice, compression, and elevation therapy in the treatment of ankle sprains in adults? J Athl Train. 2012;47(4):435–443.

